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2023/06/15 17:32

岡山市内から車で約2時間、鳥取県と兵庫県との県境に近い源流域に、西粟倉村という小さな村があります。
この土地で代々子米農家を受け継いでいらっしゃる、青木さんを訪ねてきました。

西粟倉村について


西粟倉村は、面積の約95%が森林であり、そのうち84%が人工林です。
この森林は未来の子や孫のためにと先人たちの手で一本一本、広大な範囲の山々を苗を背負ってその足で歩いて植えられました。このかけがえのない資源を途絶えさせてしまうわけにはいかないと、2008年、「百年の森林(もり)構想」という事業を立ち上げ、それから村ぐるみでの挑戦を続けています。
人口1,400人ほどの小さな村だからこそ、皆で心を丁寧につなぎ合わせ、世代を越えて、地域を超えて、大切な恵みを分かち合える上質な田舎づくりに力を入れています。
また、西粟倉村は「環境モデル都市」「バイオマス産業都市」に選ばれています。百年の森林事業に限らず、再生可能エネルギーの導入等を通じた低炭素社会の構築を推進していることから、平成25年4月2日に低炭素モデル地域として「環境モデル都市」に選定され、翌年26年3月28日には、地域の特色を生かしたバイオマス産業を軸とした、環境に優しく災害に強いまち・むらづくりを目指す地域として「バイオマス産業都市」に選ばれました。

西粟倉村の木を活用!【薪ボイラー】


「元湯」が公営温泉だった頃は、年間約200,000リットルの灯油を購入して温泉を温めていたそうです。でも石油を使うことは大量の二酸化炭素を発生させるし、コストもかかる…そこで、注目したのが「バイオマス」と呼ばれる資源です。
西粟倉村は木が豊富にありますが、間伐で山林に切り捨てられる木材もたくさんあります。そんな〝使い道がない〟と今まで思われていた木材をバイオマスとして温泉加熱に使用する、という新しい発想「薪ボイラー」を実現し、【あわくら温泉 元湯】が誕生しました。

「未来への想いを共有する森づくり、上質な田舎づくり」に向けて、この取り組みに関わる人たちの輪を広げるべく、情報発信を続けて約15年。しだいにその事業に賛同する移住者が増えていったのだそうです。
様々な事業に加え、商業施設や観光スポットも増えて、近年活気がある西粟倉村のことから、青木さんに聞いてみました。

ー先ほどBASE101%という施設で食事をしてきました。昨年できたばかりの複合施設なのですね。いちご摘み体験やDIYのワークショップなど、家族で楽しめそうな施設でした。他県から移住されている方も多いそうですね。西粟倉村についてお聞かせください。
「西粟倉村は人口1,400人ほどの村ですが、その中で100人ほどの人が県外からの移住者です。田んぼの前のそこの家も宮城からの移住です。若い人、子どもも多くなってきました。定住する人もいれば、3年ほどで出ていく人もいます。10年ほど住んでいる人も。西粟倉には二つインターがあって便利なんです。大阪まで電車でもバスでも1時間半ほどだし、鳥取までは30~40分で行けます。岡山が一番遠い(笑)。温泉もあるし、クラフト地ビールも好評です。
百年の森林の人も若い人ばかり。山の作業や森の人も若い人ばかりです。百年の森林の工場長や所長なんかは、京大、東大出身で、その人たちが子どもたち向けに塾をやってくれるんで、子どもにはいい環境です。あとは、芝桜や今は山アジサイなんかが見頃の観光スポットもあります。」


ー農地の始まりはいつからでしょうか。始まりから現在の規模の変化、人手についてなどお聞かせください。
「代々やってきているんです。昔うちが庄屋をやっていて小作で出していた田んぼがあったんだけど、全部手放さないといけなくなって、1ヘクタールだけ残したんです。わしはそこから40年以上やっています。」

ー今はもっと広いですね。とても広大な田んぼが広がっています。
「今はだんだん作る人がいなくなって、売買ではなく預かっているんです。農業始めたのが岡山帰ってきた23歳の時から。それまで父がやっていたのをまるっと任せたといって完全に引き渡されたんです。父はそれっきり全く関わらず、山で仕事してましたわ。そういう性格なんやね。失敗しようが成功しようがなんにも言われなかった(笑)。すべて自分で考えてやったんです。40年前は今のような機材はなくて、ひとつひとつ歩いて手でやっていました。

ーすべておひとりで?
「はじめは一人で、その後24で結婚してそれから嫁さんも手伝って。他に仕事もやりながら、兼業でやってました。今は田植えの時は兄弟にも手伝ってもらうけれど、基本一人で管理しています。朝5時に家を出て、川で顔を洗って目を覚ましながらぐるりと回って帰ってきたら7時半くらいかなぁ。それから朝ごはんです。」

ー跡継ぎはいらっしゃるんですか?
「いるはいる…。いるんやけど、まだ先のことで分からないなぁ。本人が決めることじゃけぇ。今は別の仕事をしています。」



農法について


ーわのくに農法はいつ頃から取り入れていらっしゃるのでしょうか?きっかけもお聞かせください。
「10年ほど前からやっています。『銀座米』という品種を作ったのが始まりです。農薬検出しない安心安全で美味しいブランド米を作ろうと、模索する中でわのくに菌と出会いました。」

ーわのくに農法は最初からうまくいったのですか?
「最初から手ごたえはありましたわ。最初の一年目はどうしようもなかったけど、2年目、3年目になったらもう病気もつきにくくなるし、虫もつきにくくなった。除草剤もいらないし、生えてくる草もちょっと違うんです。」

ー大変なことはどんなことですか?
「春の田植えまでと、あとは稲刈りが大変です。24時間、乾燥機をフル稼働してそれの調子が悪くならないかだとか、絶えず気に掛けるから。これからが大変です。夏場は肉体労働で大変な作業は午前中のみにして、昼からはゆっくりやっています。」



米について


ーお米の品種を教えてください。
「品種はこしひかりともち米の他、全部で4種です。」

ーリピーターさんが多いとのことですが、人気の秘訣、美味しさの秘訣は?
「きれいに澄んだ西粟倉村の水と、寒暖差があることが美味しさの秘訣です。そしてこの菌含め、豊かな土壌が大きく関わっているんじゃないかなぁやっぱり。」

ーおいしくいただくコツを教えてください。
「米は精米したらすぐ食べることやね。本当は食べる分だけ精米するほうがいい。でもそれはさすがにできんやろから、精米したお米は冷蔵庫で保管するのがいい。お米を研ぐ時は、30回軽く研いですすぎを3~4回、その後くるくる20回して、すすいで終わり。これくらい軽くでOK。洗いすぎないことやけぇ。」

最後に、渡り鳥ならぬ渡り蝶の写真を見せてくださった青木さん。
このあたりで見つけたのだそう。
「北海道から沖縄まで、1000㎞以上も海を越えて旅をする『アサギマダラ』っていう、フジバカマ類の花のみを好む蝶が、その花の旬の移り変わり沿って一緒に移動してくるんです。ここで見つけた蝶の羽根に名前、日付、住所なんかを記入しておくと、別の遠い土地で見つけた人から連絡が来るんですよ。」

ーなんてロマンチック!

今回、田植え後に投入する「わのくに菌」の団子作りと、その菌を投げ入れる散布作業を体験させていただきました。
ぬかに液状のわのくに菌を混ぜ、手でひとつひとつこねて団子状にしたものをたくさん作り、ぐるりと田んぼの周りを歩きながらポーンポーンと投げ入れていきました。遠くからでも、わのくに菌を入れたところがかすかに見えていて、しばらくするとそこにオタマジャクシなど生き物が集まってきました。彼らのエサでもある微生物が豊富なわのくに菌ならではの光景でした。



これから、管理、収穫…と、青木さんの米作りを追って取材させていただく予定です。すくすく育つ稲の成長をどうぞお楽しみに!

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