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2024/05/30 09:30



岡山県倉敷市、玉島。

倉敷地区から高梁川を隔てて南西に広がる地区
江戸時代、備中地方の拠点として栄えた当時の面影を色濃く残す、古き良き風情がどこか懐かしく心癒される港町の北部の丘陵地へ、
田邉さんを訪ねました。

知識、経験、農地…すべてゼロから農業の世界へ飛び込み、令和2年に新規就農した田邉さん。
現在4年目にして、自他ともに最高に美味しいと認められる桃を生み出していることにも感服しますが、就農したきっかけも本当に驚きです。
なぜそれまでのキャリアを手放してまで農業へ挑戦したのか、全人生をかけた決意の源は何だったのか。
その答えは、「衝撃の出会い」にありました。

―もともとは一般企業で会社員をされていたそうですが、桃農家へと一念発起した理由はなんだったのでしょうか。
 
「前職はサラリーマンだったのですが、偶然ある桃と出会ってしまったことで、すべてがはじまりました。私は岡山で生まれ育ち桃は嫌というほど食べてきているにも関わらず、その桃を食べた瞬間、ほっぺたが落ちました。戦慄が走るほど胸を打たれたんです。食味と食感に優れ、糖度と酸味が調和し、脳裏に焼き付くほどズバ抜けて美味しい桃だった。
その桃のことをもっと知りたくて研究会に参加して、そこで桃づくりの面白さ・芸術性にさらに感銘を受け、そこから独学で勉強して桃づくりや農業の世界へと飛び込みました。自然と対峙して創造される、備前焼に通じるような美しさ、奥深さを感じます。」

―脱サラをされて、果樹農家として就農するまでのことをお教えください。

脱サラしてから就農するまでは1年半くらいの時間がありました。知識、経験ゼロからなので、まずは桃のことを知るために研究会への参加や、県内各産地の桃農家を直接訪ねて情報収集したり、袋かけや収穫の手伝いやアルバイトもしながら勉強しました。市や県が主催の農業研修や座学講座へも積極的に参加しました。一番ネックになったのが農地です。私の家は農家ではないため、そもそも桃を栽培する農地がありませんでした。当然、栽培条件のいい畑がすぐにあるはずもないので、まずは山や竹藪などの荒れ果てた耕作放棄地を借り、開墾するところから始めました。チェンソーで木を切り、重機やトラクターを使って整地し、明渠、暗渠の排水工事も施工しなければならなかったので、林業や土木工事の知識やスキルも必要になりましたが見よう見まねでやっているうちに次第に身についていきました。そうやってがむしゃらに進みながら、ご縁で高齢農家の方がリタイヤする畑なども引き継いでいきながら、現在は約1ヘクタール程の規模にまで農地が広がっています。桃以外にも、レモンやミカンなどの柑橘、ビワ、ザクロ、キウイ、柿などもつくっています。」

超弱剪定による樹本来の特性を活かした栽培方法「岡山自然流」


―田邉さんが行われている栽培方法についてお聞かせください。
「一般的には効率よく作業、収穫するために樹を低く仕立てる桃農家が多いんですが、僕は樹を過剰に剪定したり、低く仕立てたりせずに、5年・10年先の健康な樹を見据えて主枝の先端部分を強く大きく高く作る「岡山自然流」という栽培方法を取り入れています。
桃には桃の生理があり、人間が変えることはできません。桃の生理を大きく崩すことなくうまく利用しながら高品質、高収量を目指した栽培方法が「岡山自然流桃栽培」です。頂芽優勢が働いて桃の樹は上へ向かうエネルギーがあるので、むやみに枝を強く切ったり、低く仕立ててしまうと生理が狂って樹形が乱れたり、樹が暴れてしまい、果実品質が著しく低下してしまうんです。
超弱剪定により枝葉が多く残った健全な樹が、太陽の光をしっかりと受けて光合成を行いたっぷりとエネルギーがつくられます。徹底した摘蕾、摘花、摘果などの作業によって消費される養分をコントロールしていきながら最終的に正しい最終着果量を見極め樹に適正な負荷がかかったとき、奇跡が起こります。樹の生理が栄養成長から生殖成長へと切り替わるんです。枝の先端では新梢の展葉は止まり、エネルギーの向かう先が果実へと向きを変えるんです。超弱剪定はこの奇跡を狙って発動させ、樹がもともと持っている力を最大限に引き出してやるためのあくまで手段のひとつにすぎません。」

絶対に欠かすことのできない「摘蕾」



―摘蕾という重要な作業があると伺いました。摘蕾という言葉をはじめて耳にしたのですが、どのような作業なのでしょうか?
「摘蕾とは読んで字のごとく「蕾」を「摘む」ことです。蕾のうちに摘まれるなんてちょっとかわいそうな気もしますが、僕の桃栽培の過程において一番重要な作業となります。
品質の良い樹の管理はエネルギーのコントロールが重要です。桃の樹は放っておくと桃の樹が弱ってしまうくらい花が咲き、結実してしまいます。そのため花が咲く前、蕾を間引くことによって樹への負担をなくし、ダメージを減らしてあげるんです。冬の一番寒い時期から春先まで毎日ずっとプチプチプチ…ひたすら蕾を落とす日々です。とにかく地味で根気のいる作業ですが、これをサボったら1年間のすべてが台無しになる、重要な工程なんです。」

成熟の最高のタイミングへと導く「樹上熟成」


―また、「樹上熟成」という樹の上で一番おいしくなるタイミングまで待つ栽培方法をされていますが、なぜでしょうか?
「摘蕾や摘果、着果量をコントロールしてあげると、エネルギーが狙ったタイミングで果実に向かいます。その結果、樹の上でゆっくりと糖分を蓄えて果実を成熟させることが可能となり、樹上熟成へとつながります。収穫タイミング自体を見極めることも大切ですが、まずはこの氣の流れを理解し、生産寿命の長い健康な樹をつくることが樹上熟成にはかかせません。自然の摂理、桃の生理に寄り添うことが必須なのです。」

―どのようにして収穫にベストな熟成のタイミングを見分けていらっしゃるんですか?

「収穫タイミングも桃の品質に決定的な影響を与えます。品種ごとに収穫すべきベストなタイミングは異なり、同じ品種でも樹や枝ごとにも味・糖度・熟れ具合も違うので、毎日試食し、舌で確認して畑全体を把握しています。果実だけでなく、枝葉の伸び方も見ながら、果実1個1個確認しながら『今だ!』という桃だけを採っています。例えとして分かりにくいかもしれませんが、焼肉を焼いていても『今が一番うまい!』ってタイミングがあるじゃないですか。焼肉の場合はそれが秒単位で来ますが、桃の場合はそれが時間単位で来るんです。樹上での過熟に対して桃はシビアな果物なので、今収穫すべき状態の桃は明日には商品価値を失ってしまうので収穫を先延ばしにすることはできません。卸売市場などの一般市場で流通している桃はこのリスクを回避するためにかなり前倒しのタイミングで桃は収穫されています。いわゆる早採りですね。しかし早採りしすぎると、青すぎて甘くない、固い、渋いなどの不要なリスクを追ってしまい本末転倒となるばかりか、私がほっぺたを落としたような桃には決してなることはありません。桃の収穫作業は常に待ったなしの「今だ!」を畑の中で探しまわる終わりなき宝探しみたいなものです。ものすごく大変ですが、果実を枝から外すその瞬間までが桃づくりですから気は抜けません。毎朝、5時から収穫を始め、見極めた朝採り新鮮な「今だ!」を、その日の午後にはご注文いただいた方へ発送できるよう心掛けています。」

桃ひとつひとつと向き合い、寄り添いながら育てている田邉さん。その姿勢こそが、田邉さんの桃を食べる人の胸を打つのだなと感じます。

次回、「岡山産」のブランドを確立する袋かけの芸術的な作業と、自然とどこまでも共生する「草生栽培」についてお伝えします。



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